添品妙法蓮華經序より (大正新脩大藏經9巻 No.264
P134 b 24行)
昔燉煌沙門竺法護。於晉武之世。譯正法華。後秦姚興。更請羅什。譯妙法蓮華。
考驗二譯。定非一本。護似多羅之葉。什似龜茲之文。余〓經藏。備見二本。多羅則與正法符會。
龜茲則共妙法允同。護葉尚有所遺。什文寧無其漏。而護所闕者。普門品偈也。什所闕者。
藥草喩品之半。富樓那及法師等二品之初。提婆達多品。普門品偈也。什又移囑累。在藥王之前。
二本陀羅尼。並置普門之後。其間異同。言不能極。竊見提婆達多。及普門品偈。先賢續出。
補闕流行。余景仰遺風。憲章成範。大隋仁壽元年辛酉之歳。因普曜寺沙門上行所請。
遂共三藏崛多〓多二法師。於大興善寺。重勘天竺多羅葉本。富樓那及法師等二品之初。
勘本猶闕。藥草喩品更益其半。提婆達多通入塔品。陀羅尼次神力之後。囑累還結其終。
昔、敦煌の沙門竺法護、晋武の世に、正法華(正法華経)を訳す。後秦の姚興は更に羅什(鳩摩羅什)に請うて、妙法蓮華を訳す。二訳を考験するに、定めて一本に非ず。護(竺法護訳)は多羅の葉(※1)に似たり。什(鳩摩羅什訳)は亀茲の文に似たり。
余、経蔵を検して備(つぶ)さに二本を見るに、多羅はすなわち正法(正法華経)と符会し、亀茲はすなわち妙法(妙法蓮華経)と允(まこと)に同し。護(竺法護訳)の葉はなお遺すところあり、什(鳩摩羅什)の文はむしろその漏なし。而して、護(竺法護訳)に欠くるところは普門品偈なり。什に欠くるところは、藥草喩品の半(※2)、富楼那およぴ法師など二品の初め、提婆達多品、普門品偈なり。什(鳩摩羅什訳)はまた嘱累(品)を移して、薬王(品)の前にあり。二本とも陀羅尼(品)を並びに普門(品)の後に置く。その間の異同は、言いて極む能わず。窃かに見るに、提婆達多(品)および普門品偈は、先賢(の訳)の続出して、欠を補うて流行す。余、遺風を景仰し章を憲(のっと)り範と成す。大隋の仁寿元年、辛酉の歳に、普曜寺沙門上行より請われ、遂に三蔵崛多(闍那崛多)・笈多(達摩笈多)の二法師とともに、大興善寺に於いて、重ねて天竺の多羅葉本(※1)を勘(校勘)す。富楼那および法師など二品の初めは、勘本になお欠く。薬草喩品は更にその半を益し、提婆違多(品)は塔品(宝塔品)に通入し、陀羅尼(品)を神力(品)の後に次ぎ、嘱累(品)をその終を還結す。
※1 多羅の葉 貝葉=貝多羅葉。サンスクリットやアフガン語など中央アジア出土の古い経典はヤシの葉に書かれている。
※2 添品妙法蓮華経の藥草喩品は妙法蓮華経よりも長い(岩波文庫「法華経 上」P287参照)