グプタ王朝期(320‐550年)のインドに「唯識」という仏教思想が生まれました。空の思想を受けつつも、一切が空であるという龍樹の中観派に対し、一切は空にあらずという主張をしました。その開祖は、無著、世親という兄弟です。弥勒菩薩の説法を無著が聴き伝えるという神秘的な方法により説かれます。
仏教史に明るくなくとも、孫悟空の話を知っていれば玄奘三蔵をごぞんじでしょう。この玄奘三蔵は唯識仏教を求めて天竺(インド)に旅をしました。その系譜は法相宗として日本の法隆寺に伝わります。
弥勒菩薩と無著・世親
無著と世親は、ペシャワール(パキスタン)のバラモンの家に生まれた兄弟です。兄の無著は部派仏教最大の説一切有部にて出家しますが、それに満足せず神通力で兜率天の弥勒菩薩に会い、大乗仏教の空の思想を学びます。無著の要請で弥勒菩薩は地上に下りて『瑜伽師地論』他を説いたとされます。
弟の世親も説一切有部にて出家し、説一切有部の教義を集大成した『倶舎論(阿毘達磨倶舎論)』※1を著します。やがて、兄の無著に説得されて大乗に転向し、唯識仏教の開祖の一人となりました。
唯識の空
龍樹(中観派)の「一切は空である」という主張に対して、「一切は空である」と認識する心のみは存在しなくてはならないと唯識は考えます。
八識
唯識では、六つの認識作用(眼・耳・鼻・舌・身・意)に、末那識・阿頼耶識を独自に加えます。末那識とは深層に働く自我執着心のこと。阿頼耶識のアラヤ(alaya)とは住居・場所の意味で、個人存在の根本にある認識作用をいいます。
唯識派の展開
・弥勒菩薩の説法を聴いたとされる無著とその弟の世親によって唯識は誕生
・徳慧(Guṇamati) → 安慧(Sthiramati)の系譜
・護法(dharmapāla) → 戒賢(Śīlabhadra) → 玄奘三蔵 → 慈恩大師 → 法相宗 → 日本へ
・真諦(Paramārtha) → 摂論宗 → (消滅)
唯識を説く経典
『大乗阿毘達磨経』 (正体不明?)
『解深密経』
唯識の論書
『唯識三十論』 世親
『中邊分別論』 世親
『成唯識論』 玄奘三蔵
※1 『倶舎論』=『阿毘達磨倶舎論』 倶舎とは、「いれもの」や蔵の意味。アビダルマ(仏教の論書)の教義がすべて入っている論書の意味。説一切有部の教理の行き過ぎた点を、経量部の立場から批判している。経量部は説一切有部から最後に分裂した部派。